中忍試験の本選はもうすぐだというのに、彼女の服は汚れ一つついてなく、つまり特訓をしている様子がまったく感じられなかった。
「強くなりたいのか?」
泥と汗にまみれ、チャクラをほとんど使い果たして無様な格好で地面に転がっているナルトを見おろしながら、彼女が言う。
答える義務も気力もないので黙っていると、彼女は言葉を続けた。
「人は闇を知って強くなるのだから、強いことは威張れることじゃない」
彼女のセリフは淡々としていて、まるでひとり言のようで。
「それ、俺に言ってる?」
ようやくそれだけを言った。
彼女は笑みを顔に貼り付けると、半分くらいはと答える。
残りの半分はきっと彼女自身。ひとり言にも聞こえる話し方なのはそのせいだ。
風影の娘と器の少年の、強さについての考察。
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いのは先生に言いつけられた通りに教材を教室へと運び込む。
今は休み時間。
教室に入るとあたりの喧騒から切り離されたように、音が一段遠くなった。
「あーもう。重い!」
いのが叫ぶと誰かの呻き声が聞こえた。
誰もいないと思い込んでいたのでひどく驚くが、すぐにその誰かを見つけた。
最後尾の列の端、ナルトが机につっぷして眠り込んでいる。
いのはなにか思い出したように、含み笑いをする。
ちょうどいい、なんて単語が頭に浮かんだ。
今度は意識して起こさないように彼に近づく。
そして、印を結ぶ。
「心転身の――」
その言葉は途中で遮られた。
印を結んだその手がなにものかによって捕まれたからだ。
驚くいのに、その人物は答える。
「なにやってるんだよ……」
そう、ナルトが言った。
「あんた誰?」
「ナルトだってばよ」
「うそつき。誰かが化けてるの?」
「俺に化ける暇人なんてそうそういない」
「じゃあなに? あんたは一瞬で私の後方に回って止めたっていうの?」
「そういうことになるってばよ」
いのはなんだか話がかみ合ってない気がした。
「大体俺がなにしたっていうんだよ。さっきの心転身の術だろ? 精神のっとるってやつ」
練習台、なんてセリフはとてもじゃないが言えなかった。
「……とにかく、下忍のレベルじゃないわよそれ」
「正解。いのは頭いいな」
いのはため息をついた。
「なんでそれ隠してるわけ?」
「九尾の器だから」
「え?」
彼が単刀直入に話し出す。
いのがその全てを理解するのには時間がかかった。
「まあ九尾の力なんて治癒以外に使ってないけど。こればっかは不可抗力だし」
「え? 使ってないの?」
「命狙われ続けてたらそんなものに頼らなくたってこうなる」
数十秒の沈黙。
「……なんで私に話すの?」
いのが訊ねる。
「友達だから? 信用できるから? そうじゃないでしょ」
ナルトは笑う。
「……いのは頭いいな」
そして壁にかかっている時計をみた。
いのもつられてそれをみる。
休み時間はあと五分だった。
そろそろみんなが帰ってくる。
「免疫つけてんの」
ナルトは話し出す。
「記憶操作なんて便利な術はあるけれど、完璧じゃない。俺だっていつまでもこんなことしていたくないし。だから真実を知らす前に、忘れられる記憶の中から慣らしていく」
いのはその淡々としたセリフを聞いていた。
「そうすれば、受け入れてくれる」
そういえば、といのは思う。
クラスメートが九尾を腹に飼っているなんて、もっと衝撃を受けてもいいはずなのに。
いのはくすりと笑う。
すでに自分は幾度も侵食されているのかもしれない。
そして誓う。
これが、最後。
「させないよ」
印を結びかけたその手を、今度はいのが押さえる。
「私は、忘れない」
青いその目を見据える。
そして、不敵な笑みを見せた。
ナルトが困惑している隙をついて、いのは駆け出す。
そして廊下の向かい側からくるクラスメートの中へと紛れ込んだ。
記憶操作されたかされなかったかは、また別のお話。
クナイを手にする。
大人用のそれは、ナルトにとって少しばかり大きい。
それをテマリに持たせて、自分の喉笛を指して言う。
「俺を殺してくれる?」
テマリはため息ともつかないような息を吐く。
「いきなり何を言うかと思えば」
「いきなりじゃないってば。物心ついた時からずっと悩んでいたんだ」
「どこまでも我愛羅と対象にある奴だな。同じ化け物なのにこの差はなんだ?」
化け物という言葉が、なぜだかそんなに不快ではなかった。
それはきっとテマリが化け物という言葉を理解していて、器である二人には本気で言っていないからだろう。
ナルトは少しだけ笑うと手を離した。
テマリはそれを手にしたまま。
化け物と呼ばれた少年と、彼と似た少年を弟に持つ少女と。
隣からため息が聞こえた。
「あーあ。なんでナルトが私達の上の学年なのよ」
そう言ったのはテンテン。
それは質問ではなく、ただの愚痴だ。彼女はとうに理由を知っている。
ナルトはなにかを言いかけて、それは気合に消された。
並んだ二人の前ではネジとリーが修行をしていた。
この二人もナルトのことを理解していた。
ナルトはさっき言いかけた言葉を引っ込める。
「十一になるころには同じクラスになれるって」
その来年は無理だけど、なんてことはもちろん言わない。
彼等とは偶然保健室で出会ってからつるんでいる。
同じ学年の子とはなじめず休み時間はこうして四人で過ごしていた。
「だいたいおかしいわよ。わざと落第するなんて。なんのための飛び級制度よ、まったく」
「でもいいこともあるってばよ。テンテンたちと同じクラスになれるんだからさ」
でも、その来年は記憶操作をしておかなくてはならない。
それまでの期間限定の友達。
そう思うと少しだけさびしかった。
アカデミー時代は、この三人とのほうが仲良かったり。