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 アヤメの父は一楽というラーメン屋を経営している。
 まるでそうなるのが当然というかのように、アヤメは小さなころから店の手伝いをしている。
 時折同じ年代の子が楽しそうにショッピングに出かけたりしているのを見て、うらやましく感じることもあるが、今の生活を特に不満に感じたこともない。
 今日は定休日で、アヤメは日常用品の買出しに出かけていた。
 たくさんのビニール袋を抱え、店を出る。
 夏はもう終わりかけていて、日は落ちるのが早い。
 既に外は暗くなり始めている。
 少し遅くなってしまったかなと思いながら、アヤメは無意識のうちに近道を選んで家路につこうとする。
 路地の影から数人の男が走って出てきた。
 やけに急いでいた彼らはすぐに視界から見えなくなる。
 不思議に思ってそこを覗いてみると、傷だらけの少年がうつぶせになって倒れていた。
「君、大丈夫?」
 駆け寄るアヤメ。
 上半身を起こし、意識を確かめる。
 忍のようにたしかなことは言えないが、命に別状はなさそうだった。
 それでも重症なことには変わりない。
 どうしようか思案していると、少年がうめき声をあげて目を覚ました。
 アヤメは一息をつく。
「よかった。気がつい……」
 よく見ると少年は綺麗な金髪碧眼で、頬には引っかき傷のような模様があり。
「……え?」
 幼いころの、惨劇の記憶がフラッシュバックのように蘇る。
 思わずアヤメは声を失くす。
 この子は、九尾だ。

 どんな表情をしていたのだろう。
 少年は身を一人で起こすと、特に落胆したふうでもなく諦めに似た表情で笑ってみせた。
「ありがと」
 それだけ言うと、その脇を通り抜けて歩き出す。
 暗い路地に足跡だけが響き、すぐに止まった。
 アヤメが振り返ると大人が二人、少年の前を立ちふさがっている。
 少年はひょいと体を端によける。
 だがその二人は立ち去らず、少年の体をゴミでもあつかうかのように蹴りだした。
「ちょっと! なにやってるんですか!」
 アヤメが叫ぶ。
「なにって?」
 男が聞きかえす。
「理由なら分かるだろ?」
 彼の気持ちは分かりすぎるくらい分かる。
 だけれどそれはけして少年に暴力を加えてもいい理由などではない。
「……やめてください」
 すごく虫のよい話だと思う。
 自分があれほど少年を傷つけたくせに、彼が傷つくのを見ていられないなんて。
「あんたにはなにもしない。だからおとなしくしてろ」
 男がそう言う。
「人を呼びますよ?」
「そうして出てきた里のものがこいつを助けると思うか?」
「思わないです。でもあまり騒ぎになると火影様に罰せられますよ。木の葉の重大機密でしょう?」
 もう一人の男がくだらないとでもいうかのように首を横に振る。
 そして少年を殴る。
「やめてください!」
 近くの家の明かりがつく。
 片方の男がアヤメの口元を押さえ、手を上げる。
「黙ってろ!」
 そして殴ろうとした拳は、アヤメには降りかかってこなかった。
「おい、おっちゃん。用があるのは俺だろ?」
 拳をぎりぎりと握りあげているのは、その少年だった。

 勝負はあっけなく終わった。
 さっきまでやられていた少年とは別人のように、軽々と相手の急所をつき、気絶させてしまっていた。
 騒ぎに気がついた里の人から逃れるように、少年とアヤメは別の路地へと入り込んだ。
「なんであんなこといったんだってばよ?」
 少年が聞く。
「俺のこと、知っているんでしょ?」
 アヤメは答えられない。
 少年は歩み寄る。
 そしてアヤメに抱きついた。
 思わず目をつぶってしまう。
 体が震えそうになるが、それを押しとどめる。
 試されている、とアヤメは思った。
 それならば、裏切ってはいけない。
 ふとぬくもりが離れる。
 アヤメは目を開ける。
 少年はきょとんとした表情で首を傾げてみせた。
「……お腹、すかない?」
 アヤメはそれだけをようやく言う。
 少年はまだ不思議そうな顔をしている。
「私の家、ラーメン屋さんなの。食べていかない?」
 自分でもなにを言っているのだろうと思った。
 だけど、彼のぬくもりを知ってしまったから。
 この子は九尾なんかじゃない。
 アヤメは彼の手を引いて歩き出す。
「私、アヤメ。名前は?」
 少年は戸惑ったまま、自分の名前を言う。
 アヤメは彼の名前を呼ぶ。
 少年は立ち止まる。
 うつむきぎみで、なぜかひどく泣きそうな顔をして。
 アヤメが彼の顔を覗き込む前に、少年はきゅっと手を握り返した。

スレナルがラーメンを好きな理由。

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